患者をお金で仕分ける“人の命の線引き”。後期高齢者の負担を引き上げ、高額医療に保険をきかせず…で、国民“皆”保険制度と言えるのだろうか https://www.minnanokaigo.com/news/yamamoto/lesson26/
しかしながら、落合さんも釈明されていますが高齢者の終末医療を高コストであると論じたうえで、それが国家財政を圧迫している(だから削減するべき)という流れで話が進んでいったのは、単純にガセネタベースの与太話というよりは、長谷川豊さんの「人工透析患者は死ね」という暴言にも直結するような内容にも見られますし、Twitterでも多数指摘されたように「優生学にも近しい」という批判も出ることはまあしょうがないのかなと思います。
”でまあ、落合陽一さんの本を読み、noteも目を通している私からしますと、落合さんの前向きであるが故の気持ちと論旨のズレが気になります。
落合さんは「士農工商の考え方である『ものをつくる』農民や職人たちの方が商人たちよりもえらいという考え方を取り戻すべき」と著書の中でメインテーマとして述べ、東洋的なある程度の身分制度を軸に据えたらどうやねんという話をされています。
落合陽一は日本のムダとムラを壊す救世主猪瀬直樹がみる「魔法使い」の実力
http://president.jp/articles/-/26795
ところが、古市さんとの対談の中では「汗をかかなくてもお金が儲かるようにならないと駄目」とかなってて、すでに現代では否定されている身分制度である士農工商において農と工は汗をかかなくては儲からない身分であることをすっ飛ばして論じているわけです。
おそらくは、パッチワーク的な思考を積み重ねて「落合陽一的世界観」を構築し、いろんな人との交流の中で固めていっている最中なのだと思いますが、前述の社会保障論であれ、一連の身分制度への論及であれ、介護に直面している人や身分制度が社会に染み付いている国や地域に対する考察が不足しているように感じます。
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